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パリから南へ約60kmの所に、フォンテーヌブローの森があり、その入口にバルビゾンという小さな村があります。代々王家の狩猟地として有名でした。
このバルビゾン村を最初に訪れた画家は、ローマ帰りのアリニ−とル・デュ−だと言われていますが、それは1824年に「ガンヌの宿」が始められた年のことでした。彼らはガンヌの宿の最初の宿泊客であり、この村に素晴らしい宿が出来た事をパリに帰り、仲間の画家達に話したのです。それ以来、多くの画家達がこの村を訪れる様になり、この森の魅力に取り憑かれていったのです。
特にルソーは、度重なるサロンでの落選にすっかり絶望し、1836年にパリを引き払い、最初にバルビゾンに移り住んだ画家です。それから、ディアズ、ミレー、シャルル・ジャック、アルピニ−、トロワイヨン、デュプレ、コロー、ド−ビニ−がやってきて、いわゆるバルビゾン派が誕生したわけです。
このように、バルビゾンを中心に住み、付近の森や農村風景を描いていた画家たちも含めてバルビゾン派と総称されています。ガンヌの宿はこのような画家達の常宿として賑わっていました。
19C初頭のフランス画壇に於いては、ダヴィドに代表される新古典派と、ドラクロワに代表されるロマン派等が<集団>と<集団>の争いを繰り返していましたが、これらに対して、バルビゾン派は<個>の闘いを始めたのです。
規律や教条を重んじる彼等に対してバルビゾン派は田園風景、働く人々、家畜をありのままに描く、<自然主義>の立場をとったのです。それ故、この村には<個人の自由>を重んじる気風があり、彼等の間に<強力な指導者・共通の理想・明確な組織>というものは見当たらずそれが、バルビゾン派の特徴とも言えるでしょう。
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