Galerie SHIMOFUSAYA・CARICATURE
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カリカチュアについて
フランスのカリカチュア
(風刺漫画)について
 近代漫画は、石版印刷術を用いたジャーナリズムの中で発達してきた美術分野といえます。
 1830年、フランス人シャルル・フィリポンが創刊した風刺雑誌『ラ・カリカチュール』は、石版漫画入りの"見る時局新聞"であり、フランス人はその新しいジャーナリズムに心を奪われ、発売日には出版元を取り巻く行列ができたほどでした。
 "カリカチュールから漫画ジャーナリズムが始まる"といわれるほどの画期的な出来事でしたが政治風刺の鋭さに、時の権力の弾圧を幾度も受け、1835年8月29日をもって出版禁止になりました。しかし、1833年に、フィリィポンによって出版された日刊新聞『ル・シャリバリ』は、政治風刺から世相・風俗への風刺に転向して約40年もの寿命を保ち、オノーレ・ドーミエや、ポール・ガヴァルニなどの画家が寄稿家として活躍し、風刺漫画の最盛期を築き上げました。
 19世紀末から20世紀のベル・エポック期になると、『クーリエ・フランセ』『ル・リール』『ラシェット・オ・ブール』『バイオネット』等々の週間風刺漫画雑誌が数多く出版され、ロートレック、フォラン、スタンラン、ヴィレット、レアンドレなどの画家達が都市庶民のペーソスを描き、情緒的な世紀末漫画を作り上げています。
ド−ミエ
オノレ・ドーミエ
(1808-1879)
 1829年、石版版画でデビュー「ラ・カリカチュール」「ル・シャリヴァリ」紙を舞台に痛烈な諷刺画を発表。何者も恐れず権力と戦うドーミエの姿勢は反体制の象徴となった。石版画・絵画・彫刻にすぐれた作品を残し、民衆との真の対話を持った芸術家として、多くの人々に愛されている。
皆の願い
「「皆の願い」
"私も、かつては若かった...。"1847年〜1851年にシャリヴァリ紙掲載のシリーズ
カリカチュール
「カリカチュール」
外科医で、まだフランス人である移民のルイ・フィリップ王は...。
ラ・カリカチュール>紙 1855年2月19日
五感...聴覚
「五感...聴覚」-タイプパリジャン
ぐっすりと寝ている妻に...「ニニ、起きなさい」といったら、「はい、アドルフ」と妻は言った。何んだか、おかしいじゃないか...私も、赤ん坊もアドルフじゃないのに!
"パリっ子のタイプ"シリーズの中の連作五感のうちの一点。
シャリヴァリ紙 1843年1月6日
カヴァルニ
ポール・ガヴァルニ
(1804-1866)
 パリ生まれの石版画家。生来ボヘミアン的な気質を示しながら、一方に於て水彩画・版画・素描などに精進し8000点にも及ぶ作品を残している。又、その才能は科学や芸術など多方面にわたり、文学的才能は作品の下に挿入される解題に表われている。よくド−ミエと比較されるが、ガヴァルニは徹底して女性を追求した「女の画家」と言われる。代表作に「女の感情の偽り」「仮面と素顔」等の創作石版画集がある。
独身男性の生活
「独身男性の生活」
"奥さんをもった方がいいよ"と言われたのが、不幸の始まり。
持主の仕わざと仕ぐさ
「持主の仕わざと仕ぐさ」
お前は、いいと言うけれど、キャロライン、私は、お前の芝生(男性)がいいとは思わないよ!
取引
「取引」
"ねえ、いいだろう"
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