|
アメリカ、アイオワ州生まれ。1895年、アーツ・アンド・クラフツ運動の中心地であったシカゴのアート・インスティチュートで学ぶ。又、ステンドグラスデザインとイラストレーションの指導も受ける。1903年に新婚旅行で初来日。浮世絵版画の職人を探し、帰国直前のようやく横浜で老職人と出会い技法を学ぶ。帰国後、フェロノサの影響を受けたアーサー・ダウの教科書を手がかりに木版画を制作。1907年再来日。14週間の滞在中、美術家の西村熊吉について刷りを修業する。1911年、幼いむすめたちを連れて再来日する。ラフカディオ・ハーンの著書よい強い影響を受けて幻想的で独創的な版画を制作。その後数度にわたり日本の滞在。1922年に娘たちと北京に滞在。その時多色刷りが困難だったため、「盛り上がり線」の技法を考案する。1936年木版画の再版のため来日。1948年〜1953年北京滞在。「東洋への道坂」などの著書も出版。東洋の雰囲気と西洋の思想が独特に合体したラムの版画は再び高い評価を受けている。
|